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2005年 08月 15日
雨、一時激しく降る
8月15日と聞いて、すぐに終戦記念日を思い起こす保護者の方がいるでしょうか? 実を言うと、私が生まれる10年前は、まだ太平洋戦争=第2次世界大戦のまっただなかでした。もっともその頃、人々は「大東亜戦争」と呼んでいましたが。 不謹慎な表現かもしれませんが、私たちの小学生時代、軍歌は懐メロではなく、流行歌でした。その上位にランクされていたのが「戦友」です。私の家には唯一家宝というべき、蓄音機(今のCDプレーヤーで、むろんモノラル)があり、この曲は繰返し聞きました。 町内会だったか、小学校だったか、橋立海岸へ旅行に行った記憶があります。橋立とはいえ、道路事情の悪い当時にとっては、片道2時間を要する堂々たる旅行です。帰りのバスで子どもたちの歌が始まり、順番が回った私はこの「戦友」を歌いました。 ♪ここは~ お国を何百里~ ワンコーラスの途中から、いつの間にか引率の大人たちが一緒に歌い始めました。「離れて遠き満州のお~」 ちょうどバスの窓から夕日が見えています。「赤い夕日に照らされて~」 気がつくと、あちこちですすり泣く声が。なんか奇妙な雰囲気です。1コーラスの最後、「友はのずえの石の下・・」で、通路向かいのお父さんが号泣を始めたのです。 まるでお通夜、とはこのこと。バス旅行の楽しい空気は一気に盛下がってしましました。当時の私にその意味が理解できませんでした。ただ、雰囲気をブチ壊し、後ろめたい気持ちだけが残りました。空気が読めない悪い癖は、今に始まったことではないようです。今の子どもたちが軍歌を歌うことなど、考えられません。戦後60年。戦争は遠くなりました。
by yamashopta
| 2005-08-15 14:45
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