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2007年 03月 29日
3月27日付の地元紙に「山中幼稚園が休園」との記事が小さく掲載されていました。加賀市議会の最終日に報告され、議会でもすでに了承済みのようです。休園からこのまま閉園にむかうのは、まず間違いありません。したがって、山中幼稚園は40年余りの歴史に終止符を打つことになります。同時に、これで公立幼稚園は加賀市から姿を消しました。今回の措置に関し、加賀市では平成19年1月付けの「保育園等の統合・民営化に関する基本計画」で施策の概要を公表しています。やはり現実になった幼稚園の閉園。加賀市との合併時に、関係者が懸念を抱いた背景には、ざっと下記のようなことが頭に浮かんでいました。More 2007年 03月 22日
ゆとり教育の見直し論議ほど不可解なものはありません。その流れを要約すると。
詰込み教育の反省→ゆとり教育論議→学校完全5日制と総合学習導入→学力低下→ゆとり教育の見直し 要は「詰込み教育の弊害とされた、落ちこぼれや校内暴力、それにいじめの問題はゆとり教育の導入で改善されたわけではない。しかも、学力低下につながり、現場教師がゆとりを失う結果になった」という、なんとも皮肉な結末です。じゃあ、ゆとり教育導入の犯人は誰だ? ということになるのですが、実は当時の国民的合意でした。永井文部大臣と槇枝日教組委員長が歴史的な和解の象徴とされた「ゆとり教育」 そのムードに乗り、日本全体がゆとり教育の潮流に飲込まれていました。すなわち、「犯人」がいるとすれば、むろん私も含め国民全員です。 きょうのNHKスペシャルで伊吹文科大臣が「ゆとり教育」という政策は過去にも存在しなかった、と述べました。官僚出身らしい、詭弁臭い責任逃れです。主犯格は文部省(当時)だろ、と言いたいところですが、文科大臣は義務教育費の一部税財源移譲に触れ、自治体の責任に言及しました。望むところ、県教委、あるいは市町村が腹をくくって教育問題に取組めば、先は明るいと思いましたが、なかなか難しいかな。※画像はNHKスペシャル3月21日放映の「"学校"って何ですか」の画像をカット。 2007年 02月 23日
昨年10月、富山県の公立高校で端を発した必修課目未履修問題は、たちまち燎原の火のように全国に燃え広がり、世間中大騒ぎになりました。それが4ヶ月あまりたった今はどうでしょう。特に受験前の高校生などは大きな負担を強いられているのに、メディアではほとんど話題に出てきません。
More 2007年 02月 15日
このブログには再び戻ってくることはないとだろう。と思って10ヶ月目の投稿です。
まず、先日加賀市民会館で開催されたPTA研究会の案内を頂き、参加することにしました。昨年の火災では旧加賀市育友連の関係者からも、多くのお力添えを得ました。当日は多くが参加されるはずです。なるべく、直接お目にかかった上で御礼を申し述べたかったからです。でも、当日の会場は混雑に紛れ、全員というわけにはいかず、この場であらためて御礼を。ありがとうございました。 More 2007年 02月 15日
2006年 05月 07日
昨晩はPTA役員OB会兼打上げでした。転勤で滋賀県へ引越したH元副会長も連休で帰省するとのことで、「じゃ、やろう!」と、一気に話が進みました。甘茶祭でお疲れのKU新会長も駆け込み。深夜まで大盛り上がりでした。
1年間限定で始めたブログも、この記事が最後となりました。なしくずしにフェイドアウトしようと考えたのですが、最後のご挨拶だけは・・と思いなおしました。 いろいろありすぎた1年間でしたが、同時に「人の素晴らしさ」を思い知った1年でした。数多くの場面で、その数だけ、いえそれ以上の人と出会い、思い悩み、笑い、考えた1年間。子どもを原点にして、さまざまな問題に直面しつつ、人間は成長するようです。そのことを教えて戴き、私としては感謝の外ありません。失っていたものをふと取り戻した感覚です。 県Pの補助を戴いたことだ。少しはPRにも努めねば格好がつかない・・という程度の動機で始めたブログしたが、途中から次第に思い入れが強くなっていきました。子どもたちや保護者皆さんの真剣な思いに引きずられるようでした。 そして、火災事故の際、山中だけではなく、広く加賀市一円の学校、PTAの方々から暖かい励ましを戴きました。見る人の少ないブログだとは知りながら、やはりお礼の言葉を述べずにはいられません。いずれ、火災に関しても思いを述べるべきだという気持ちがあります。でも、今はとりあえず、2000羽の折鶴とともに「山中小学校PTAのひろば」を締めくくりたいと思います。短い間でしたが、本当にありがとうございました。 ![]() 2006年 04月 28日
最初「お願いします」と会長就任を頼まれました。初耳に等しいことばに惑わされ、とうとう引受けてしまいました。そして、事実上最後の仕事を終えたとき「ありがとう、ご苦労様」と言われました。これも、ほとんど始めて耳にする言葉。この間、凝縮された1年間を思い描きながら望んだ「平成18年度山中小学校PTA総会」でした。
「最初の挨拶はマトモすぎです。新役員紹介の段には、笑いをとってくださいよ」 と、KU新会長にそそのかされ、一発必殺ギャグで新会長紹介、で有終の美・・ しかし、やってしまいました。完全にスベったのです。な、なぜだ・・ 以前実行委員会でかなりウケたネタを焼きなおし、爆笑ギャグだったはずなのに。しかし、今回は凍り付いて引きまくったこの空気・・ ああ、私のPTA生命に自ら終止符を打つ大失態。 という訳で、後はKU新会長のもと名実ともに新体制の船出です。旧役員の皆様、本当にお疲れ様、そして、ありがとうございました。新役員の皆さん、後は宜しくお願いします。 ![]() 2006年 04月 26日
あすは山中小学校PTA総会。
加賀市との合併 ゆとり教育の見直しと、変容する学校行事 ますます重要になる子どもへの安全対策 担任教諭突然の退職 菅谷小学校PTA会長、教頭とも入院 河南小学校校長の逝去 楽しく参加させていただいた学年事業 そして、自分自身の火災事故 あまりにも色々なことが起こりました。 いろいろなできごとが頭に浮かび、静かに私の1年はすぎようとしています。 2006年 04月 24日
「小松市で火災。家族一人が死亡・・・」
つけっ放しのテレビから、ふと流れたニュース。慌ててテレビに見入りました。 「高校2年生の長女が死亡、中学生の長男は重体、○○さんも気道熱傷を負っており・・」 淡々と伝えるアナウンサーの声。せめて、男の子の命だけでも救ってあげて・・と祈るより手立てはありません。 その祈りもむなしく、今日長男死亡の報せが新聞に掲載されました。あまりにも悲しい報せ。悲しすぎる報せです。 合掌 2006年 04月 19日
きょうの午後、たまたま小学校のそばを通りました。ちょうど下校時間でした。日が西に傾き始め、逆光になった桜のトンネルを、子どもたちが歩いて行きます。3ヶ月前、豪雪で通学路が雪に覆われ「いよいよ除雪か」と頭をよぎったときの光景が嘘のようです。
うららかな日差しと満開の桜に、子どもたちの足取りも軽やかに見えました。危ないかな、と思いつつ、助手席のカメラを手に取り、運転しながらフロント越しにパチリ。 やや緊張の中で会長を受け、はや1年が経ちました。いろいろなできごとが甦ります。 「子どもたちの笑顔が、新しい1年間もずっと続きますように」 そう願わずにはいられません。 ![]()
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